大きな鍵のレリーフが目印の重そうな木の扉を開けて階段を降りていくと突然、目の前にひろがるのは昔見た映画のワンシーン。
淡い灯りの中、隣の席でアル・カポネがワイングラスを傾けているような幻を見てしまうかもしれません。

1966年設立以来の歴史が、ゆるやかに流れる時間の中でたゆたっているようです。

とにかく落ち着けます。
頭の中が筋肉になっちゃった時などにはストレッチしてもらえるかも。

ほんと! かなりユニーク。
(清水 翠  談)


レストラン カナユニ  episode
〜晴れた日ばかりではありませんでした〜

1966年
カポネの子分?
禁酒法時代、アル・カポネの経営面の参謀・ヘンリーの経営するシカゴの
スピークイージー“ロードハウス”でカポネ自身に地酒を注いだ経験をもつ
バーテンダー塚本元吉をチーフバーテンダーに迎える(2年間勤務)。
でも、カポネは未だにカナユニに現れない。
1966年
サングリアを
出した日
ウニのカクテルといっしょに供したサングリア。開店前ヨーロッパで修行中、
マドリードのカセリアヒルトンの庭先でホテルのバーテンダーに教わったもの。
このカクテルを「スペインの冷たい情熱の赤」と名づけ、800通のDMを発送した。
しかし、ほんの数名しか挑戦してくれなかったのは、なぜだろうか。
1967年
シャリアピンと
出会った男
名歌手シャリアピンが、帝国ホテルで自分の名前のついたシャリアピンステーキ
を焼いた時、ワゴンサービスをつとめたのが、ウェイター片岡國蔵だった。彼を
フロアーコーディネイターに迎える(1年間勤務)。
1967年
深夜のエスプレッソ
カナユニステーキとシーザーサラダとクレープシュゼットと、そしてエスプレッソ。
ワゴンサービスと共に深夜のレストランでエスプレッソコーヒーを
初めて楽しんでいただく。
1973年
ボージョレヌーボー
第一号
当時、三井物産の社員であった野口泰史氏の紹介で、ボージョレヌーボーを
2ケース仕入れる。街のレストランとしては初めて導入した。この頃は
ボージョレヌーボーの名も知られず、全部はけるまで半年ほどかかった。
1975年
食前酒が
知られていなかった頃
フランスの食前酒・キールを日本で初めて紹介する。(株)戸室製作所の
戸室英雄社長にわざわざパリから電話をいただき、教わったもの。
白ワインとカシスの絶妙な組み合わせに多くの人々が酔った。
そして、カナユニは今日もカポネを待ち続けている。
   
     
 
オニオングラタンスープ(Onion Gratin Soup)

世界のスープの中で、ブイヤベースと並んで、この最も香気溢れるスープをカナユニと云うレストランでは、確かに大切に扱っているようだ。
ディナータイムのコースの1部として、これを選ぶ人。夜会のあとなどにオニオングラタンとガーリックのパン、それにブドー酒などを楽しむ人……。

それらの人々の気持ちを、この店では心憎いほどあざやかに演出してくれる。

1966年 三島由紀夫氏より
 
     

 

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